行政上の義務の履行確保手段に関する次の記述のうち、法令および判例に照らし、正しいものはどれか。
- 即時強制とは、非常の場合または危険切迫の場合において、行政上の義務を速やかに履行させることが緊急に必要とされる場合に、個別の法律や条例の定めにより行われる簡易な義務履行確保手段をいう。
- 直接強制は、義務者の身体または財産に直接に実力を行使して、義務の履行があった状態を実現するものであり、代執行を補完するものとして、その手続が行政代執行法に規定されている。
- 行政代執行法に基づく代執行の対象となる義務は、「法律」により直接に命じられ、または「法律」に基づき行政庁により命じられる代替的作為義務に限られるが、ここにいう「法律」に条例は含まれない旨があわせて規定されているため、条例を根拠とする同種の義務の代執行については、別途、その根拠となる条例を定める必要がある。
- 行政上の秩序罰とは、行政上の秩序に障害を与える危険がある義務違反に対して科される罰であるが、刑法上の罰ではないので、国の法律違反に対する秩序罰については、非訟事件手続法の定めるところにより、所定の裁判所によって科される。
- 道路交通法に基づく違反行為に対する反則金の納付通知について不服がある場合は、被通知者において、刑事手続で無罪を主張するか、当該納付通知の取消訴訟を提起するかのいずれかを選択することができる。
【解説】
1・・・誤り
即時強制とは、義務を命じる余裕のない緊急の必要がある場合に、行政機関が、国民に義務を課することなく、国民の身体や財産に実力行使することを言います。つまり、本肢の「行政上の義務を速やかに履行させることが緊急に必要とされる場合」というのは誤りです。
即時強制は、前提として「義務」はありません。つまり、行政庁から何らかの命令等があり、それをする義務があるというわけではない場合に使われます。例えば、路上で寝ている人がいた場合に、「起きて路上から離れてください!」と義務を命じていては、それまでに車にひかれてしまうかもしれません。そのため、義務を命じることなく、路上から強制的に移動させられます。
2・・・誤り
直接強制とは、行政上の義務を義務者が履行しない場合に、行政庁が、義務者の身体又は財産に実力を加えて、義務の履行があったとみなす行為を言います。
そして、直接強制の手続は行政代執行法に規定されていません。
したがって、「代執行を補完するものとして、その手続が行政代執行法に規定されている」は誤りです。
行政代執行法に手続きが規定されているものは、「①代執行」のみです。「代執行以外」の「②執行罰・③直接強制・④行政上の強制徴収」については、別の法律で規定されます。
- 「執行罰」→砂防法36条(砂防法等の命令による義務を怠ると、国土交通大臣もしくは知事は、一定期限を示す等して、500円以内の過料に処することを予告して、履行を命ずることができる)
- 「直接強制」→成田国際空港の安全確保に関する緊急措置法3条1項6項(国土交通大臣は、工作物が一定の命令に違反して、一定の用に供されていると認めるときは、当該工作物について封鎖その他その用に供させないために必要な措置(建物の実力封鎖)を講ずることができる)
- 「行政上の強制徴収」→道路法39条1項2項(道路管理者は、道路の占用につき占用料を徴収することができる。占用料の額及び徴収方法は、道路管理者である地方公共団体の条例等で定める。)
3・・・誤り
下記1、2は行政代執行の対象です。
- 法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。)により直接に命ぜられた行為
- 法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。)に基づき行政庁により命ぜられた行為
「法律の委任による条例に基づき行政庁により命ぜられた行為」は2にあたるので、行政代執行の対象となり、行政代執行法は適用されます。
本肢の「条例は含まれない」は誤りです。「法律(法律の委任に基づく命令、規則及び条例を含む)」の通り、条例も含まれます。
上記1、2の行為について、義務者がこれを履行しない場合、別途、独自の法律に「行政上の強制執行(①代執行、②執行罰、③直接強制、④行政上の強制徴収)」を行うことができる旨の規定がある場合に、「行政上の強制執行」を行うことができます。
※ 条例で、「行政上の強制執行」を行う旨を定めることはできない。
建築基準法9条1項には「特定行政庁は、建築基準法令違反の建築物の所有者等に対して、相当の猶予期限を付けて、当該建築物の除却等の必要な措置をとることを命ずることができる。」と規定しています。
この命令を受けた義務者(所有者)が、命令に従わない場合、どうなるか?
これは、建築基準法9条12項に「特定行政庁は、第1項の規定により必要な措置を命じた場合において、その措置を命ぜられた者がその措置を履行しないとき、行政代執行法の定めるところに従い、みずから義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。(=特定行政庁が代執行を行うことができる)」と規定しています。このように、別途、建築基準法という法律に「代執行を行うことができる」旨の規定があるため、代執行を行うことができます。
※ もし、建築基準法9条12項の規定がない場合、条例で、「代執行を行うことができる」と規定することはできません。(←上記【注意】の※の内容)
4・・・正しい
行政上の秩序罰とは、形式的で軽微な行政上の義務違反に対して課される過料のことです。例えば、届出義務や登録義務、通知義務に違反した場合です。そして、国の法令違反に対する秩序罰(過料)は、非訟事件手続法に基づいて、裁判所(地方裁判所)が科します。よって、本肢は正しいです。
国の法令に違反をした場合→非訟事件手続法によって地方裁判所が科します。
地方公共団体の条例や規則に違反した場合→地方自治法の定めに基づいて、地方公共団体の長が行政処分として科します。
5・・・誤り
道路交通法に基づく違反行為に対する反則金の納付通知について不服がある場合は、反則金を納付せずに、その後の刑事手続きで無罪を主張する方法を選ばなければなりません。
つまり、道路交通法違反に対する反則金の納付通知について不服がある場合、「納付通知の取消訴訟を提起する」方法は選択できません。よって誤りです。
判例によると
「道路交通法は、通告を受けた者が、その自由意思により、通告に係る反則金を納付し、これによる事案の終結の途を選んだときは、もはや当該通告の理由となつた反則行為の不成立等を主張して通告自体の適否を争い、これに対する抗告訴訟によつてその効果の覆滅を図ることはこれを許さず、右のような主張をしようとするのであれば、反則金を納付せず、後に公訴(刑事手続)が提起されたときにこれによつて開始された刑事手続の中でこれを争い、これについて裁判所の審判を求める途を選ぶべきであるとしているものと解するのが相当である。
もしそうでなく、右のような抗告訴訟が許されるものとすると、本来刑事手続における審判対象として予定されている事項を行政訴訟手続で審判することとなり、また、刑事手続と行政訴訟手続との関係について複雑困難な問題を生ずるのであつて、同法がこのような結果を予想し、これを容認しているものとは到底考えられない。」としています(最判昭57.7.15)。よって、納付通知の取消訴訟を提起することはできないので誤りです。
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