令和2年・2020|問17|行政事件訴訟法

狭義の訴えの利益に関する次のア~エの記述のうち、最高裁判所の判例に照らし、正しいものの組合せはどれか。

ア.森林法に基づく保安林指定解除処分の取消しが求められた場合において、水資源確保等のための代替施設の設置によって洪水や渇水の危険が解消され、その防止上からは当該保安林の存続の必要性がなくなったと認められるとしても、当該処分の取消しを求める訴えの利益は失われない。

イ.土地改良法に基づく土地改良事業施行認可処分の取消しが求められた場合において、当該事業の計画に係る改良工事及び換地処分がすべて完了したため、当該認可処分に係る事業施行地域を当該事業施行以前の原状に回復することが、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、当該認可処分の取消しを求める訴えの利益は失われない。

ウ.建築基準法に基づく建築確認の取消しが求められた場合において、当該建築確認に係る建築物の建築工事が完了した後でも、当該建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われない。

エ.都市計画法に基づく開発許可のうち、市街化調整区域内にある土地を開発区域とするものの取消しが求められた場合において、当該許可に係る開発工事が完了し、検査済証の交付がされた後でも、当該許可の取消しを求める訴えの利益は失われない。

  1. ア・イ
  2. ア・ウ
  3. イ・ウ
  4. イ・エ
  5. ウ・エ

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【答え】:4

【解説】

ア.森林法に基づく保安林指定解除処分の取消しが求められた場合において、水資源確保等のための代替施設の設置によって洪水や渇水の危険が解消され、その防止上からは当該保安林の存続の必要性がなくなったと認められるとしても、当該処分の取消しを求める訴えの利益は失われない。

ア・・・誤り

【事案:最判昭57.9.9:長沼ナイキ基地訴訟】

保安林とは、土砂の崩壊等の災害を防ぐために、農林水産大臣又は都道府県知事によって指定される森林を言います。
そして、森林法26条2項では、「公益上の理由があれば保安林の指定解除ができる」と規定しています。
農林水産大臣Yは、北海道夕張郡長沼町に所在する「保安林」の一部について、航空自衛隊の施設用地として使用するため、保安林指定の解除をした。

【判例】

判例によると、

「保安林の指定が違法に解除され、それによって自己の利益を害された場合には、右解除処分に対する取消しの訴えを提起する原告適格を有する者ということができるけれども・・・本件におけるいわゆる代替施設の設置によって右の洪水や渇水の危険が解消され、その防止上からは本件保安林の存続の必要性がなくなったと認められるに至ったときは、もはやAと表示のある上告人らにおいて右指定解除処分の取消しを求める訴えの利益は失われるに至ったものといわざるをえない」

と判示しています。

つまり、保安林の指定が違法に解除され、それによって自己の利益を害された場合には、利益を侵害された者は原告適格を有します。

しかし、代替施設(例えば、ダム)の設置で、洪水や渇水(水不足)の危険が解消され、保安林を存続させる必要がなくなった場合、訴えの利益は失われます。

よって、誤りです。

【関連ポイント:自己の利益を侵害された住民Xらは、解除処分に対する取消しの訴えを提起する原告適格は認められるか?】

判例(最判昭57.9.9)によると、

『森林法は、森林の存続によって不特定多数者の受ける生活利益のうち一定範囲のものを公益と並んで保護すべき個人の個別的利益としてとらえ、かかる利益の帰属者に対し保安林の指定につき「直接の利害関係を有する者」としてその利益主張をすることができる地位を法律上付与しているものと解するのが相当である。

よって、「直接の利害関係を有する者」は、保安林の指定が違法に解除され、それによって自己の利益を害された場合には、
右解除処分に対する取消しの訴えを提起する原告適格を有する者ということができる』
と判示しています。

イ.土地改良法に基づく土地改良事業施行認可処分の取消しが求められた場合において、当該事業の計画に係る改良工事及び換地処分がすべて完了したため、当該認可処分に係る事業施行地域を当該事業施行以前の原状に回復することが、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、当該認可処分の取消しを求める訴えの利益は失われない。

イ・・・正しい

【事案:最判平4.1.24】

A町は、町営の土地改良事業を計画し、事業計画を定め、B県知事に対して、本件土地改良事業の施行の認可申請をした。

その後、本件事業地内の土地所有者であるXは、本件認可の取消しを求めて出訴した。

そして、裁判の係属中に本件事業計画にかかる工事はすべて完了した。

土地改良事業の工事が完了して、原状回復が不可能となった場合、当該事業の施行認可の取消しを求める訴えの利

益は消滅するか?

(参考知識) 複数の土地について、土地改良事業を行なう計画が認可されると、その土地の所有者は、一時的にその土地から出ていかないといけません。そして、改良事業が終わった後に、新しい土地(換地という)を割当てられます(もらえます)。イメージは「土地区画整理事業」です。

【判例】

判例によると、

「本件訴訟において、本件認可処分が取り消された場合に、本件事業施行地域を本件事業施行以前の原状に回復することが、本件訴訟係属中に本件事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、右のような事情は、行政事件訴訟法31条の適用に関して考慮されるべき事柄であって、本件認可処分の取消しを求める上告人の法律上の利益を消滅させるものではないと解するのが相当である」

と判示しています。

つまり、土地改良事業の工事が完了して、原状回復が不可能となった場合でも、事業の施行認可処分の取消しを求める訴えの利益は消滅しません。

結果として、認可処分が違法と判断され、事実上原状回復できない場合は、「事情判決」となる可能性はあります。

【判例理解】 

町営土地改良事業の施行認可処分の取消しを求める訴訟の係属中に、事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会通念上事業施行以前の原状に回復することが不可能になったとしても、認可処分の取消しを求める訴えの利益は消滅しないので、正しいです。訴えの利益はあるため、訴訟審理は行われますが、結果として、事情判決により、請求棄却となる可能性はある、と言っています。

ウ.建築基準法に基づく建築確認の取消しが求められた場合において、当該建築確認に係る建築物の建築工事が完了した後でも、当該建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われない。

ウ・・・誤り

判例(最判昭59.10.26)によると、

「建築確認は、それを受けなければ建築工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであるから、当該工事が完了した場合においては、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われるものといわざるを得ない。」

と判示しています。

つまり、建築確認を受けた建築物の建築工事が完了した場合、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われます。

よって、誤りです。

【分かりやすくいうと】

建築確認があった後、建物の建築工事が完了した場合、その後、建築確認を取り消したとしても、既に建物は完成しているため、取消ししても意味がありません。そのため、工事完了によって建築確認の取消しを求める「訴えの利益」は失われます。

※ 建築確認は、建築工事を開始してよいと伝えるだけ。この建築確認を取り消しても、建物を除去するまでの効力はない。

エ.都市計画法に基づく開発許可のうち、市街化調整区域内にある土地を開発区域とするものの取消しが求められた場合において、当該許可に係る開発工事が完了し、検査済証の交付がされた後でも、当該許可の取消しを求める訴えの利益は失われない。

エ・・・正しい

【状況】

  1. 農地のような市街化調整区域に住宅地を立てるべく開発許可の申請があった
  2. 許可が下りて、宅地を立てられるように土地改良工事があった。
  3. でもまだ住宅等建物は建っておらず、開発許可の取消しを求めた。

判例(最判平27.12.14)によると、

「市街化調整区域内にある土地を開発区域とする開発許可に関する工事が完了し、当該工事の検査済証が交付された後においても、当該開発許可の取消しを求める訴えの利益は失われないと解するのが相当である」

と判示しています。

つまり、市街化調整区域内にある土地を開発区域として、開発許可に関する工事が完了して、その工事の検査済証が交付された後でも、その開発許可の取消しを求める訴えの利益は失われません。

よって、正しいです。

【前提知識】

市街化調整区域とは、原則として、建物を建てることができない区域です。イメージとしては、田畑が広がっている区域です。

そして、開発許可とは、許可を受けた区域について、土地の工事を行い、結果として、その土地上に建物を建築します。

したがって、市街化調整区域内で、開発許可を受けた場合、例外的に、土地の工事をして建物を建築できるようになるということです。

別の言い方をすると

上記前提知識の内容を、別の言い方をすれば

市街化調整区域においては、開発許可がされ、その効力を前提とする検査済証が交付されて工事完了公告がされることにより、予定建築物等の建築等が可能となるという法的効果が生ずるものということができる、ということです。

したがって、「市街化調整区域内にある土地を開発区域とする開発行為ひいては当該開発行為に係る予定建築物等の建築等が制限されるべきであるとして開発許可の取消しを求める者(開発行為に反対する者)」は、

当該開発行為に関する工事が完了し、当該工事の検査済証が交付された後においても、

当該開発許可の取消しによって、その効力を前提とする上記予定建築物等の建築等が可能となるという法的効果を排除することができます(法的効果を失くすことができる)。

以上によれば、「市街化調整区域内」にある土地を開発区域とする開発許可に関する工事が完了し、当該工事の検査済証が交付された後においても、当該開発許可の取消しを求める訴えの利益は失われません。(最判平27.12.14)

よって、正しいです。

【イメージ】

開発許可の取り消しをすることで
建物を建てさせないことができるので
この「建物を建てさせない」というのが訴えの利益です。

そもそも、市街化調整区域は、農地が広がる区域です。

そのため、農地所有者は、そういった土地(市街化調整区域内)に建物を建ててほしくない場合があります

そのため開発許可があったけど、それはやめてください!
ということを主張しているイメージです。

【対比ポイント】
市街化調整区域「外」において、開発行為に関する工事が完了し、検査済証の交付もされた後においては、開発許可が有する本来の効果は既に消滅しており、他にその取消しを求める法律上の利益を基礎付ける理由も存しないことになるから、開発許可の取消しを求める訴えは、開発行為に関する工事の完了によって失われる

市街化調整区域「内」
訴えの利益は失われない
市街化調整区域「外」
訴えの利益は失われる


問1 著作権の関係上省略 問31 民法:債権
問2 基礎法学 問32 民法:債権
問3 基礎法学 問33 民法:債権
問4 憲法 問34 民法:債権
問5 憲法 問35 民法:親族
問6 憲法 問36 商法
問7 憲法 問37 会社法
問8 行政法 問38 会社法
問9 行政法 問39 会社法
問10 行政法 問40 会社法
問11 行政手続法 問41 憲法
問12 行政手続法 問42 行政法
問13 行政手続法 問43 行政法
問14 行政不服審査法 問44 行政法・40字
問15 行政不服審査法 問45 民法・40字
問16 行政不服審査法 問46 民法・40字
問17 行政事件訴訟法 問47 一般知識・政治
問18 行政事件訴訟法 問48 一般知識・社会
問19 行政事件訴訟法 問49 一般知識・経済
問20 国家賠償法 問50 一般知識・経済
問21 国家賠償法 問51 一般知識・社会
問22 地方自治法 問52 一般知識・経済
問23 地方自治法 問53 一般知識・社会
問24 地方自治法 問54 一般知識・社会
問25 情報公開法 問55 一般知識・情報通信
問26 行政法 問56 一般知識・個人情報保護
問27 民法:総則 問57 一般知識・個人情報保護
問28 民法:物権 問58 著作権の関係上省略
問29 民法:物権 問59 著作権の関係上省略
問30 民法:債権 問60 著作権の関係上省略