判例

最大判昭48.4.25:全農林警職法事件

論点

  1. 国家公務員法第110条第1項第17号(あおり行為等の罪)の規定は憲法に違反するか?

事案

全農林労働組合の役員である被告人らは、警察官職務執行法(警職法)の改正に反対する運動を行っていた。

被告人らは、全農林労働組合の傘下にある各県の本部に対して、勤務時間内の2時間、開催される反対運動に参加するよう促した。この行為が、国家公務員法98条5項の禁止する「違法な争議のあおり行為」に該当するとして、同法110条第1項第17号(あおり行為等の罪)によって起訴された。

判決

国家公務員法第110条第1項第17号(あおり行為等の罪)の規定は憲法に違反するか?

→違反しない(合憲)

憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶ。

ただ、この労働基本権は、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、おのずから勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れない

公務員の地位の特殊性と職務の公共性にかんがみるときは、これを根拠として公務員の労働基本権に対し必要やむをえない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由があるというべきである。

したがって、公務員の争議行為は、公務員の地位の特殊性と勤労者を含めた国民全体の共同利益の保障という見地から、一般私企業におけるとは異なる制約を受ける当然であり、また、このことは、国際的視野に立つても肯定されているところなのである。

したがって、当該国家公務員法は憲法に違反しない。

最大判昭51.5.21:旭川学力テスト事件

論点

  1. 普通教育における教師に対し、教授の自由は認められるか?
  2. 国は、教育内容について、決定する権能を有するか?

事案

昭和36年の全国中学校一斉学力調査の実施に対する反対運動のため、Xらは、実力阻止行動を行い、旭川市立永山中学校の校長の制止にも関わらず、当該中学校に侵入し、市教育委員会職員および校長に暴力・脅迫を加えた。そこで、Xらは、建造物侵入、公務執行妨害、共同暴行の罪で起訴された。

判決

普通教育における教師に対し、教授の自由は認められるか?

→一定の範囲に限って、認められない

学問の自由は、教授の自由を含む

子どもの教育が、「教師」と「子ども」との間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行わなければならない、という本質的な要請に照らし、教授の具体的「内容」及び「方法」につき、普通教育における教師に対して、ある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては、一定の範囲における教授の自由が保障される

しかし、大学教育の場合には、学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し、

普通教育においては、①児童生徒に教授内容を批判する能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有することを考え、
また、②普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があることから

普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されないところといわなければならない。

国は、教育内容について、決定する権能を有するか?

→必要かつ相当と認められる範囲において、決定する権能を有する

まず親は、子どもの教育に対する一定の支配権、すなわち子女の教育の自由を有すると認められるが、このような親の教育の自由は、①主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられるし、また、②私学教育における自由や教師の教授の自由も、それぞれ限られた一定の範囲においてこれを肯定するのが相当である

けれども、それ以外の領域においては、一般に社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定、実現すべき立場にある国は、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべく、また、しうる者として、憲法上は、あるいは子ども自身の利益の擁護のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有する。

もっとも、教育内容に対する国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請される。

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最大判昭57.7.7:堀木訴訟

論点

  1. 憲法25条1項および2項の解釈と適用について
  2. 児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

事案

X(堀木フミ子氏)は、全盲の視力障害者として、障害福祉年金を受給していた。同時に、Xは内縁の夫との間に男子を、夫との離別後、独力で養育していたので、兵庫県知事Yに対して、児童扶養手当の受給資格の認定の申請をした。

しかし、Yは、障害福祉年金を受給しているので、児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」に該当するとの理由で、申請を却下した。

さらにXは、異議申立をしたが、棄却され、Xは、児童扶養手当法4条3項3号が憲法25条(生存権)に違反するとして、「却下処分の取消し」と「手当受給資格の認定をYに義務付ける判決」を求める訴訟(義務付け訴訟)を提起した。

判決

憲法25条1項および2項の解釈と適用について

憲法25条1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。
この規定は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものである。

また、同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定している。
この規定は、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものである。

そして、同条1項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充(法令)により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものである。

児童扶養手当法4条3項3号の「併給禁止規定」が憲法25条(生存権)に反しないか?

→違反しない

憲法25条(生存権)の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。

しかも、「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができない。

また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。

したがって、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない

児童扶養手当は、もともと母子福祉年金(国民年金)を補完する制度として設けられたものと見るのを相当とするのであり、受給者に対する所得保障である点において、前記母子福祉年金ひいては国民年金法所定の国民年金(公的年金)の一種である障害福祉年金と基本的に同一の性格を有するもの、と見るのがむしろ自然である。

そして、一般に、社会保障法制上、同一人に同一の性格を有する2つ以上の公的年金が支給されることとなるべき、いわゆる複数事故において、そのそれぞれの事故それ自体としては支給原因である稼得能力の喪失又は低下をもたらすものであっても、事故が2つ以上重なったからといって稼得能力の喪失又は低下の程度が必ずしも事故の数に比例して増加するといえないことは明らかである。

このような場合について、社会保障給付の全般的公平を図るため公的年金相互間における併給調整を行うかどうかは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきである。

また、この種の立法における給付額の決定も、立法政策上の裁量事項であり、それが低額であるからといって当然に憲法25条違反に結びつくものということはできず、本件規定は違憲ではない。

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関連ページ

>>関連判例:最大判昭42.5.24:朝日訴訟(生存権の法的権利性の有無)

>>生存権(憲法25条)プログラム規定説・抽象的権

最大判昭42.5.24:朝日訴訟

論点

  1. 生活保護受給権に相続性はあるか?
  2. 生存権に法的権利性はあるか?
  3. どのような場合に違法な行為として司法審査の対象となるか?

事案

X(朝日茂氏)は、肺結核患者として、療養所に入所し、厚生大臣の認定した生活扶助基準で定められた最高金額である「月600円の日用品費の生活扶助」と「現物による給食付医療扶助」とを受けていた。

ところが、Xは、実兄から、毎月1500円の送金を受けるようになったため、市の社会福祉事務所長は、月600円の生活扶助を打ち切り、上記送金額から日用品費を控除した残額900円を医療費の一部としてXに負担させる旨の保護変更の決定をした。

それに対して、Xは、厚生大臣を被告として600円の基準金額が生活保護法の規定する「健康で文化的な最低限度の生活水準」を維持するに足りないものであると主張して、訴えを提起した。

判決

生活保護受給権に相続性はあるか?

→ない

生活保護法に基づく保護受給権は、法的権利である。

しかし、この権利は、被保護者個人に与えられた一身専属の権利である。

したがって、本件訴訟は、Xの死亡と同時に終了し、相続人が保護受給権を承継する余地はない。

生存権に法的権利性はあるか?

→ない

憲法25条1項はすべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に具体的権利を賦与したものではない。

具体的権利としては、生活保護法によりはじめて与えられる。

※つまり、「生存権自体は法的権利性はないが、生活保護法で規定されることで、法的権利性が与えられる」ということです。

25条の法的権利性を否定している点では、プログラム規定説を採用しているといえる。

どのような場合に違法な行為として司法審査の対象となるか?

憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によって与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合

何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的的な裁量に委されている。

そして、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあっても、直ちに違法の問題を生ずることはない。

ただ、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、①法律によって与えられた裁量権の限界をこえた場合または②裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となる。

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関連ページ

>>関連判例:最大判昭57.7.7:堀木訴訟(障害年金と児童扶養手当の併給禁止が生存権に違反しないか)

>>生存権(憲法25条)プログラム規定説・抽象的権

最大判平14.9.11:郵便法免責規定違憲判決

論点

  1. 郵便法68条、73条において、特別送達郵便物について、国の国家賠償責任を免除し、また制限している部分が憲法に違反するか?

事案

債権者Xは、債務者Aに対して約1億4000万円の遅延損害金の支払いを命ずる確定判決を持っている。Xは平成10年4月10日に、神戸地裁に対して、上記遅延損害金のうち、7200万円を請求債権として、「債務者AのB銀行に対する預金債権」について、差押命令の申立てをした。

神戸地裁は、差押命令を発付し、命令正本を特別送達の方法でB銀行宛に送達した。

尼崎郵便局職員が、
4月14日午前12時に、Aの勤務先に差押命令を送達し、
4月15日午前11時に、B銀行に同命令を送達した。

Aは、差押えを察知し、14日に預金全額を引き出したので、差押えはされなかった。

そこで、Xは、B銀行に対する送達がまる1日遅れたのは、郵便局職員が、特別送達郵便物を誤って、B銀行の私書箱に投函してしまった違法行為が原因であると主張して、送達事務を行う国Yに対して、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を請求した。

※「特別送達郵便物」は、郵便局の職員が、名宛人に手渡しで渡す。

※「旧郵便法68条、73条」では、特別送達郵便物について、郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に、国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し、又は制限している規定があった。

判決

郵便法68条、73条において、国の国家賠償責任を免除し、また制限している部分が憲法に違反するか?

憲法に違反する(違憲)

 

郵便法の目的は、郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に提供することによって、公共の福祉を増進することを目的としている。

「法68条,73条が規定する免責又は責任制限」もこの目的を達成するために設けられたものであると解される。

そして、特別送達は民事訴訟法に定める送達方法であり、国民の権利を実現する手続きに不可欠である。このため、特別送達郵便物については確実に送達されることが特に強く要請される

また、特別送達は書留郵便物全体のごく一部にとどまり、特別の料金が必要とされている

こうした特別送達郵便物の特殊性に照らすと特別送達郵便物については、郵便業務従事者の軽過失による不法行為から生じた損害の賠償責任を肯定したからといって、直ちに、その目的の達成が害されるということはできない

よって、「法68条,73条が規定する特別送達郵便物に関する免責又は責任制限」に合理性、必要性があるということは困難である。

したがって、上記免責規定等を設けたことは憲法第17条が立法府に与えた裁量の範囲を逸脱したものであり、憲法第17条に違反し、無効である。

 

最大判昭47.11.22:川崎民商事件

論点

  1. 旧所得税法に規定する収税官吏の検査は、憲法35条1項に違反するか?
  2. 旧所得税法に規定する収税官吏の質問・検査は、憲法38条に違反するか?

事案

昭和38年に、自宅店舗において川崎税務署収税官吏が、Xの所得税確定申告調査のため帳簿書類等の検査をしようとしていた。

これに対し、Xは、「何回くるんだ、事前通知がなければ調査に応じられない」などと大声をあげたり、また「あちらへ行こう」と収税官吏を引っ張ったりするなど、上記検査を拒んだ。

これが旧所得税法に違反するとしてXは起訴された。

憲法第35条(住居の不可侵)
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、現行犯逮捕の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

憲法第38条(黙秘権)
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

判決

旧所得税法に規定する収税官吏の検査は、憲法35条1項に違反するか?

→違反しない

旧所得税法の規定する検査拒否に対する罰則は、収税官吏による当該帳簿等の検査の受忍をその相手方に対して強制する作用を伴なうものである。

しかし、収税官吏の検査は、もつぱら、所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であって、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない。

また、当該検査が、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならない。

さらに、強制の態様は、収税官吏の検査を正当な理由がなく拒む者に対し、刑罰を加えることによつて、間接的心理的に右検査の受忍を強制しようとするものであるが、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達しているものとは、いまだ認めがたい

憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでない(収税官吏の検査)との理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

つまり、収税官吏の検査においても、憲法35条1項の保障の範囲外とは判断できない

しかし、総合して判断すれば、収税官吏の検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといって、憲法35条に違反しているとはいえない

旧所得税法に規定する収税官吏の質問・検査は、憲法38条に違反するか?

→違反しない

憲法38条1項は、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものである。

そして、上記保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、等しく及ぶものと解するのを相当とする。

しかし、収税官吏の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、当該検査、質問の規定そのものが憲法38条1項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず、この点の所論も理由がない。(=違反ではない)

最大判昭28.12.23:農地改革訴訟

論点

  1. 憲法29条3項にいう「正当な補償」とは?
  2. 自創法における買収対価は「正当な補償」にあたるか?

事案

昭和22年、政府Yは、X所有の農地を、自作農創設特別措置法(自創法)6条3項に規定する最高価格で買収したが、Xは、下記理由により、自創法14条に基づき、買収対価の増額変更を求めて出訴した。

  1. 自創法には、農地買収計画による対価は、「田についてはその賃貸価格の40倍」と定めているが、価格算出方法がその後の経済事情の激変を少しも考慮していないため、正当な補償か否かを決定するための基準とはなりえない。
  2. 自創法に規定する買収価格だと、実質上、無償で取り上げられたものと異ならない結果になる。

判決

憲法29条3項にいう「正当な補償」とは?

→正当な補償とは、その当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基づき合理的に算出される相当な額をいう

憲法29条3項
私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

自創法における買収対価は「正当な補償」にあたるか?

→あたる

買収対価の算出方法は、自作収益価格によったことは、この法律の目的からいって当然である。

また、算出過程になんら不合理はなく、「自作収益価格」が「賃貸価格の40倍」となるため、当該自創法の買収対価は、憲法29条3項の正当な補償にあたる

最大判昭38.6.26:奈良県ため池条例事件

論点

  1. 条例により財産権を規制することも許されるか?

事案

多数のため池を有する奈良県は、ため池の破損、決壊等による災害を未然に防止するために、ため池の保全に関する条例を制定した。その条例は、4条でため池の堤とうでの耕作などを禁止し、9条で、その違反者に対して3万円以下の罰金に処するとしている。

ため池Aは、在住の農民の総有に属しており、その堤とうも代々耕作の対象になっていたが、同条例によってそこでの耕作が禁じられることになった。しかし、農夫である被告人Yらは、堤とうでの耕作禁止を知りながら、条例施行後も引き続き、耕作を行ったため、条例違反で起訴された。

判決

条例により財産権を規制することも許されるか?

許される

ため池の保全に関する条例は、ため池の堤とうを使用する権利者に対しては、その使用のほとんどが全面的に禁止されるので、権利に著しい制限を加えるものである。

しかし、それは「災害を未然に防止する」という社会生活上のやむを得ない必要から来ることであって、ため池の堤とうを使用する財産上の権利を有する者は何人も、公共の福祉のため、当然これを受忍しなければならない(受け入れて耐える)責務を負うというべきである。

すなわち、ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであって、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外(らちがい:枠外)にある。

したがって、これらの行為(ため池の堤とうの使用権)を条例をもって禁止、処罰しても憲法および法律に牴触またはこれを逸脱するものとはいえないし、また、ため池の堤とうの使用権保護を、既に規定していると認めるべき法令は存在していないのであるから、これを条例で定めたからといって、違憲または違法の点は認められない

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最大判昭62.4.22:森林法事件

論点

  1. 憲法29条1項は何を保障しているか?
  2. 森林法186条は憲法29条2項に違反するか?

事案

X、Yの兄弟は、父からそれぞれ山林の2分の1の持分を生前贈与され、共有登記をしていた。しかし、弟Xの反対を押し切って、兄Yが森林の一部を伐採したことから争いになった。

XはYを被告として、持分に応じた山林の分割等を請求する訴えを提起した。

判決

憲法29条1項は何を保障しているか?

私有財産制度のみならず、国民の個々の財産権についても保障している

憲法29条は、1項において「財産権は、これを侵してはならない。」と規定し、私有財産制度を保障しているのみでなく、社会的経済的活動の基礎をなす国民の個々の財産権につきこれを基本的人権として保障する。

森林法186条は憲法29条2項に違反するか?

違反する(違憲)

憲法29条2項では、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」と規定されている。

財産権に対する規制は、財産権の種類、性質等が多種多様であり、また、財産権に対し規制を要求する社会的理由ないし目的も、社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで多岐にわたるため、種々様々でありうるのである。

したがって、財産権に対して加えられる規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは、規制の目的、必要性、内容、その規制によつて制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものである。

また、裁判所としては、立法府がした右比較考量に基づく判断を尊重すべきものである。

そこで、裁判所としては、①立法の規制目的が、公共の福祉に合致しないことが明らかであるか、又は規制手段が目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであって、そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り、当該規制立法が憲法29条2項に違反すると解するのが相当である。

■そして、森林法186条(森林の共有者は、持分の過半数を有さない場合、分割請求ができない。)の立法目的は、「森林の細分化」を防止することによって森林経営の安定を図り、もつて国民経済の発展に資することにあると解すべきである。

この目的は、公共の福祉に合致しないことが明らかとはいえない。

ただし、共有者間に紛争が生じたときは、各共有者は、共有森林につき、保存行為を行うことができず、管理又は変更の行為を適法にすることができないこととなり、ひいては当該森林の荒廃という事態を招来することとなる。

また、一律に現物分割を認めないとすることは、同条の立法目的を達成する規制手段として合理性に欠け、必要な限度を超えるものというべきである

また、共有森林につき現物分割をしても直ちにその細分化を来すものとはいえないし、また、民法258条2項は、競売による代金分割の方法をも規定しているのであり、この方法により一括競売がされるときは、当該共有森林の細分化という結果は生じないのである。したがって、森林法186条は、目的を達成するについて必要な限度を超えた不必要な規制というべきである。

したがって、森林法186条の規制手段は、同条の立法目的との関係で合理性と必要性のいずれも肯定できないことが明らかなので、憲法29条2項に違反し無効である。

【森林の細分化とは】

森林の細分化とは、森林を所有する人が、その森林を更に小さな単位に分割することを指します。

つまり、1つの森林を複数の小さな区画に分割して、それぞれの区画を別々に管理することができるようにすることです。

森林の細分化により、森林の土地利用や管理が異なるため、森林生態系の破壊などの懸念もあるため、適切な規制が必要とされています。

最判平4.12.15:酒類販売の免許制

論点

  1. 酒類販売業免許制度についての合憲性の判定基準は?
  2. 酒税法10条10号は、憲法22条1項(職業選択の自由)に違反するか?

事案

Xは酒類の売買等を目的とする株式会社であり、酒税法9条1項の規定に基づいて酒類販売業の免許申請をした。これに対し、所轄税務署長Yは、Xが酒税法10条10号に規定する「その経営基盤が薄弱であると認められる場合」に該当するものとして、この免許処分の拒否処分をした。

それに対しXは、Yを被告とし、本申請は酒税法10条10号の規定に該当しないから、本処分は違法であると主張して、本処分の取消しを求める訴えを提起した。

判決

酒類販売業免許制度についての合憲性の判定基準は?

規制の必要性と合理性についての立法府の判断が、政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法22条1項の規定に違反するものということはできない

一般に許可制は、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである。

また、租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。

したがって,租税法の定立については、立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。

以上のことからすると、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法22条1項の規定に違反するものということはできない

酒税法10条10号は、憲法22条1項(職業選択の自由)に違反するか?

違反しない(合憲)

酒税法は、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要から、このような制度を採用したものと解される。

本件処分当時の時点においてもなお、酒類販売業について免許制度を存置しておくことの必要性及び合理性については失うに至っているとはいえない。

また、免許基準との関係においても、その必要性と合理性が認められる。

したがって、酒税法9条、10条10号の規定が、立法府の裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるということはできず、右規定が憲法22条1項に違反するものということはできない。