判例

最判昭59.1.26:未改修河川の安全性(大東水害訴訟)

論点

  1. 河川管理についての瑕疵の有無の判断基準は?
  2. 未改修河川は、どの程度の安全性が必要か?

事案

昭和47年7月7日の集中豪雨により、大阪府大東市の低湿地帯において、床上浸水等が発生した。この地域は低湿地帯であったところ、急速な市街化が進み、浸水被害が深刻化していたため、巨額の費用をかけて河川の改修工事が行われていた。

しかし、一部区間についてはなお未改修のままであった。

そして、この豪雨により、被害を受けた低湿地帯の周辺住民Xらは、浸水の原因は、Xらの居住地域付近を流れる「1級河川・谷田川」および「3本の水路」の管理の瑕疵にあったと主張して、「河川管理者である国Y1」および「水路の管理者である大東市Y2」に対し、国家賠償法2条または3条に基づき国家賠償請求訴訟を提訴した。

判決

河川管理についての瑕疵の有無の判断基準は?

同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべき

財政的、技術的及び社会的諸制約によっていまだ通常予測される災害に対応する安全性を備えるに至っていない現段階においては、当該河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である。

既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中である河川については、右計画が全体として右の見地からみて格別不合理なものと認められないときは、その後の事情の変動により当該河川の未改修部分につき水害発生の危険性が特に顕著となり、当初の計画の時期を繰り上げ、又は工事の順序を変更するなどして早期の改修工事を施行しなければならないと認めるべき特段の事由が生じない限り、右部分につき改修がいまだ行われていないとの一事をもって河川管理に瑕疵があるとすることはできないと解すべきである。

未改修河川は、どの程度の安全性が必要か?

未改修河川は、河川の改修、整備の過程に対応する過渡的安全性をもって足りる

河川の管理においては、道路の管理における危険な区間の一時閉鎖等のような簡易、臨機的な危険回避の手段を採ることもできないのである。

河川の管理には、以上のような諸制約が内在するため、すべての河川について通常予測し、かつ、回避しうるあらゆる水害を未然に防止するに足りる治水施設を完備するには、相応の期間を必要とし、未改修河川又は改修の不十分な河川の安全性としては、右諸制約のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の改修、整備の過程に対応するいわば過渡的な安全性(一時的な対策)をもって足りるものとせざるをえない。

そのため、当初から通常予測される災害に対応する安全性を備えたものとして設置され公用開始される道路その他の営造物の管理の場合とは、その管理の瑕疵の有無についての判断の基準もおのずから異なったものとならざるをえないのである。

最判昭30.4.19:「公務員の個人的責任」と「国家賠償」

論点

  1. 国家賠償法の適用を受ける不法行為について、公務員個人も直接責任を負うか?

事案

A町では、「Xらを幹部とする小作人組合」と、「町長を組合長とする農民組合」とが対立していた。

この対立により、同町の農地委員選挙において両組合から同数の委員が選出された結果、会長互選の決定を行うことができなかった。

そのため農地調整法の規定を発動し、知事Y1が1人で小作組合長のBを農地委員の会長に選んだ。

その後、町長から農地委員会解散命令請求の決議を求める上申書が提出されたなどをきっかけに知事は、県農地部長Y2を現地に派遣し、実情を調査した上で、解散命令を発した。

Xらは、本件解散処分の無効を求めるとともに、Y1およびY2に対して損害賠償等を求める訴えを提起した。

判決

国家賠償法の適用を受ける不法行為について、公務員個人も直接責任を負うか?

→負わない

Xらの損害賠償等を請求する訴について考えてみるに、右請求は、Y1・Y2の職務行為を理由とする国家賠償の請求と解すベきである。

したがって、国または公共団体が賠償の責に任ずるのであって、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではない。

また、公務員個人もその責任を負うものではない

したがって、県知事Y1を相手方とする訴えは不適法であり、また県知事個人、農地部長個人を相手方とする請求は理由がない。。

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最判平16.1.15 :法令解釈の誤りと過失(外国人の国民健康保険)

論点

  1. 日本に不法残留している外国人は、国民健康保険法5条所定の「住所を有する者」に該当するか?
  2. 法律解釈を伴う行政処分が違法とされた場合に、直ちに公務員に過失があるといえるか?

事案

韓国籍のXは昭和51年に、許可を得て、日本に入国し、当該許可の失効後も残留した。

翌年Xは結婚し、2人の子供ももうけ、昭和60年から横浜市港北区において居住を開始した。

平成9年には外国人登録をして、同時に国民健康保険被保険者証の交付の申請をしたが、拒否された。

平成10年、Xの長男の脳腫瘍が判明したため、再度の申請をしたが、これも区長に拒否された(本件処分という)。

国民健康保険法5条では、「市町村の区域内に住所を有する者」が被保険者の要件とされており、この要件につき、厚生省(現厚生労働省)からは、1年以上の在留期間を認められた者に限られる旨等の通知(本件通知という)が発せられ、在留資格を有しない外国人は国民健康保険の適用外とされていた。このため、再度の申請に対して、区長は本件処分をしたものである。

これに対して、Xは、本件通知および本件処分が違法なものであり、これに起因して過分の治療費を負担したことを損害として、国Y1と横浜市Y2に対して国家賠償請求を提起した。

判決

日本に不法残留している外国人は、国民健康保険法5条所定の「住所を有する者」に該当するか?

当該外国人が、当該市町村を居住地とする外国人登録をして、入管法50条所定の在留特別許可を求めており、入国の経緯、入国時の在留資格の有無及び在留期間、その後における在留資格の更新又は変更の経緯、配偶者や子の有無及びその国籍等を含む家族に関する事情、我が国における滞在期間、生活状況等に照らし、当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み、将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められる場合、「住所を有する者」に該当する。

国民健康保険法5条にいう「住所を有する者」は、市町村の区域内に継続的に生活の本拠を有する者をいうものと解するのが相当である。

そして、外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するかどうかを判断する際には、当該外国人が在留資格を有するかどうか、その者の有する在留資格及び在留期間がどのようなものであるかが重要な考慮要素となるものというべきである。

そして、在留資格を有しない外国人は、入管法上、退去強制の対象とされているため、その居住関係は不安定なものとなりやすく、将来にわたって国内に安定した居住関係を継続的に維持し得る可能性も低いのである。

したがって、在留資格を有しない外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するというためには、単に市町村の区域内に居住しているという事実だけでは足りず、少なくとも、当該外国人が、当該市町村を居住地とする外国人登録をして、入管法50条所定の在留特別許可を求めており入国の経緯、入国時の在留資格の有無及び在留期間、その後における在留資格の更新又は変更の経緯、配偶者や子の有無及びその国籍等を含む家族に関する事情、我が国における滞在期間、生活状況等に照らし当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み、将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められることが必要である。

そして、本件について照らして考えると、Xは、「住所を有する者」にがいとうするというべきである。

そうすると、本件処分は違法であるというべきである。

法律解釈を伴う行政処分が違法とされた場合に、直ちに公務員に過失があるといえるか?

→直ちに過失があるとはいえない

上記の通り、本件処分は違法ではあるが、

ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を遂行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに上記公務員に過失があったものとすることは相当ではない

本件についてみると、本件処分は、厚生省の通知に従って行われたものであり、社会保障制度を外国人に適用する場合には、そのよって立つ社会連帯と相互扶助の理念から、国内に適法な居住関係を有する者のみを対象者とするのが一応の原則であると解されていることに照らせば、本件各通知には相当の根拠が認められるというべきである。

そして、事実関係等によれば、在留資格を有しない外国人が国民健康保険の適用対象となるかどうかについては、定説がない。

また、法5条の解釈につき本件各通知と異なる見解に立つ裁判例はなかったというのであるから、本件処分をした横浜市の担当者及び本件各通知を発した国の担当者に過失があったということはできない。

そうすると、Xの国家賠償責任は認められない。

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最判平3.4.26:水俣病認定業務に関する知事の不作為違法

論点

  1. 水俣病患者の認定申請をした者が、相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされない利益は、不法行為法上の保護の対象になるか?
  2. 水俣病患者の認定申請を受けた処分庁が、申請に対する処分をする義務に違反したというためには、どのような要件が必要か?

事案

Xらは、水俣病の認定申請をした。しかし、半年以上経過しても、熊本県知事から何らの応答処分を受けなかったので、Xらは、熊本県知事等Yに対して国家賠償法1条等に基づく損害賠償請求の訴えを提起した。

判決

水俣病患者の認定申請をした者が、相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされない利益は、不法行為法上の保護の対象になるか?

保護の対象となる

一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要がある。

したがって、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。

本件についてみるに、認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥(しょうそう:あせっていらだつこと)不安の気持を抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。

水俣病患者の認定申請を受けた処分庁が、申請に対する処分をする義務に違反したというためには、どのような要件が必要か?

①その期間に比してさらに長期間にわたり遅延が続き、かつ、②その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかった、という2つの要件が必要

一般に、処分庁が認定申請を相当期間内に処分すべきは当然であり、これにつき不当に長期間にわたって処分がされない場合には、早期の処分を期待していた申請者が不安感、焦燥感を抱かされ内心の静穏な感情を害されるに至るであろうことは容易に予測できる。

したがって、処分庁には、こうした結果を回避すべき条理上の作為義務があるということができる。

そして、処分庁が右の意味における作為義務に違反したといえるためには客観的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分できなかったことだけでは足りず①その期間に比してさらに長期間にわたり遅延が続き、かつ、②その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であると解すべきである。

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最判平元.11.24:「宅建業法の免許基準」と「国家賠償法」

論点

  1. 宅建業法の免許基準を満たしていない者に免許を与えたり、免許の更新をした知事の行為は、国家賠償法1条1項の「違法な行為」に該当するか?
  2. 宅建業者の不正行為により、取引相手が損害を被った場合、当該業者に対して、監督処分を行わなかった知事等の権限不行使は、国家賠償法1条1項の「違法な行為」に該当するか?

事案

有限会社Aは、京都府知事から宅建業者の免許を受け、営業を続けていたが、多額の債務を負っていた。

そして、Aは、自ら売主として、買主Xと不動産を売却する契約を締結し、手付金およぶ中間金を受け取った。しかし、その後、Aは、当該手付金や中間金を使い込んで、さらにXに当該不動産を引き渡さなかった。

Xは、京都府Yに対して、①このようなAに対して免許を付与したこと、および②Aに対して業務停止処分、免許取消処分等の権限を行使しなかったことは違法であるとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

判決

宅建業法の免許基準を満たしていない者に免許を与えたり、免許の更新をした知事の行為は、国家賠償法1条1項の「違法な行為」に該当するか?

直ちに違法な行為に該当するとはいえない

宅建業法が免許制度を設けた趣旨は、直接的には、宅地建物取引の安全を害するおそれのある宅建業者の関与を未然に排除することにより取引の公正を確保し、宅地建物の円滑な流通を図るところにある。

免許制度も、究極的には取引関係者の利益の保護に資するものではあるが、前記のような趣旨のものであることを超え、免許を付与した宅建業者の人格・資質等を一般的に保証し、ひいては当該業者の不正な行為により個々の取引関係者が被る具体的な損害の防止、救済を制度の直接的な目的とするものとはにわかに解し難い(考えることは難しい)。

したがって、かかる損害の救済は一般の不法行為規範等に委ねられているというべきであるから、知事等による免許の付与ないし更新それ自体は、法所定の免許基準に適合しない場合であっても、当該業者との個々の取引関係者に対する関係において直ちに国家賠償法1条1項にいう違法な行為に当たるものではないというべきである。

宅建業者の不正行為により、取引相手が損害を被った場合、当該業者に対して、監督処分を行わなかった知事等の権限不行使は、国家賠償法1条1項の「違法な行為」に該当するか?

監督処分の権限不行使が、著しく不合理と認められるときでない限り、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けない

監督処分権限も、この免許制度及び宅建業法が定める各種規制の実効を確保する趣旨に出たものにほかならない。

また、業務の停止ないし免許の取消(監督処分)は、当該宅建業者に対する不利益処分であり、その営業継続を不能にする事態を招き、既存の取引関係者の利害にも影響するところが大きく、そのゆえに前記のような聴聞、公告の手続が定められている。

そして、業務の停止に関する知事等の権限が、その裁量により行使されるべきことは法65条5項の規定上明らかである。

また、免許の取消については法66条各号の一に該当する場合に知事等がこれをしなければならないと規定しているが、業務の停止事由に該当し情状が特に重いときを免許の取消事由と定めている同条9号にあっては、その要件の認定に裁量の余地があるのであって、これらの処分の選択、その権限行使の時期等は、知事等の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられているというべきである。

したがって、当該業者の不正な行為により個々の取引関係者が損害を被った場合であっても、具体的事情の下において、知事等に監督処分権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り、右権限の不行使は、当該取引関係者に対する関係で国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではないといわなければならない。

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最判平5.3.11:「所得税更正処分の取消し」と「国家賠償法」

論点

  1. 所得税更正処分の取消訴訟において、所得金額の過大認定が違法と認められた場合、その更正処分は直ちに国家賠償法1条1項上の違法に該当するか?

事案(奈良民商事件)

事業者Xが、事業所得について、A税務署長に対して、確定申告をした。

A税務署長は、税務署員に調査を命じたが、Xは民主商工会の事務局員の立ち合いを条件としたため、税務署員は調査をすることができなかった。

A税務署長は、Xの取引先や取引銀行を調査し、結果として、所得金額を増額する更正処分をした。(Xの所得税は、申告した場合よりも多くなる)

Xはこれを不服として、異議申し立ておよび審査請求を経た上で、本件更正処分の取消しを求める訴訟を提起したところ、当該更正処分を違法として、確定判決を得た。

そこで、Xは国Yに対して、慰謝料などの賠償を求める国家賠償請求訴訟を提起した。

判決

所得税更正処分の取消訴訟において、所得金額の過大認定が違法と認められた場合、その更正処分は直ちに国家賠償法1条1項上の違法に該当するか?

直ちに違法となるわけではない

税務署長Yのする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、

税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り違法の評価を受けるものと解するのが相当である。

ところで、所得税法は、納税義務者が自ら納付すべき所得税の課税標準及び税額を計算し、自己の納税義務の具体的内容を確認した上、その結果を申告して、これを納税するという申告納税制度を採用し、納税義務者に課税標準である所得金額の基礎を正確に申告することを義務付けている。

本件のような事業所得についていえば、納税義務者はその収入金額及び必要経費を正確に申告することが義務付けられているのである。

それらの具体的内容は、納税義務者自身の最もよく知るところであるからである。

そして、納税義務者において売上原価その他の必要経費に係る資料を整えておくことはさして困難ではなく、資料等によって必要経費を明らかにすることも容易であり、しかも、必要経費は所得算定の上での減算要素であって納税義務者に有利な課税要件事実である。

そうしてみれば、税務署長がその把握した収入金額に基づき更正をしようとする場合、客観的資料等により申告書記載の必要経費の金額を上回る金額を具体的に把握し得るなどの特段の事情がなく、また、納税義務者Xにおいて税務署長Yの行う調査に協力せず、資料等によって申告書記載の必要経費が過少であることを明らかにしない以上、申告書記載の金額を採用して必要経費を認定すること(所得金額を増額する更正処分)は何ら違法ではないというべきである。

したがって、税務署長Yがその職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をした事情は認められないから、更正処分に国家賠償法1条一1にいう違法があったということは到底できない。

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最判昭61.2.27:「パトカー追跡」と「国家賠償法」

論点

  1. 警察官のパトカーによる追跡により、追跡を受けていた者が起こした事故によって第三者が損害を被った場合、どのような場合に国家賠償法1条1項上の違法に該当するか?

事案

Y県警の巡査Aは、パトカーでのパトロール中、Bが運転する車両が速度違反であることを発見し、これを停止させるために赤色灯を点灯し、サイレンを鳴らして同車の追跡を開始した。

Bは逃走を図り、少なくとも3つの信号を無視し、結果として、C運転の自動車と衝突し、さらにC運転の自動車が対向車線を進行してきたXらの乗る自動車と激突し、Xらは傷害を負った。

そこで、Xらは、Y県を被告として、巡査Aの追跡が違法であったとして、国家賠償法1条1項に基づき、自己による損害賠償を求めて提訴した。

判決

警察官のパトカーによる追跡により、追跡を受けていた者が起こした事故によって第三者が損害を被った場合、どのような場合に国家賠償法1条1項上の違法に該当するか?

「①追跡が現行犯逮捕、職務質問等の職務の目的を遂行するうえで不必要である」か、又は「②逃走車両の走行の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無・内容に照らして追跡の開始、継続若しくは方法が不相当である」場合、違法となる

およそ警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、なんらかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者を停止させて質問し、また、現行犯人を現認した場合には速やかにその検挙又は逮捕に当たる職責を負う(警察法2条、65条、警察官職務執行法2条1項)。

右職責を遂行する目的のために被疑者を追跡することは当然行うところである。

したがって、警察官がかかる目的のために「交通法規等に違反して車両で逃走する者」をパトカーで追跡する職務の執行中に、逃走車両の走行により第三者が損害を被った場合において、右追跡行為が違法であるというためには、「①右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか」、又は「逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし、追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であること」を要するものと解すべきである。

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最判昭31.11.30:「公務員の私利を図る目的の行為」と「国家賠償法」

論点

  1. 公務員が私利を図る目的を持つ行為をした場合でも、外形からみて職務執行行為と言えるとき、国家賠償法1条1項の「職務を行う行為について」に該当するか?

事案

警視庁の巡査Aは、生活費に困窮しており、職務行為を装って金品を奪うことを考えた。

非番の(休憩の)時間帯に、制服制帽を着用し、拳銃を携帯した上、川崎駅のホームに入った。

Aは、たまたまBが多額の金銭を持っていることを知り、Bを呼び止めて、川崎駅の事務室で所持品検査を行った。

その際、Aはあらかじめ用意していた「300円の入った封筒」を、Bの所持品に紛れ込ませて、Bがスリをしたように見せかけて、Bの所持品を預かると称して、Bの現金を含む所持品を受け取った。

Bが、トイレに行っている際に、Bの所持品を持ってAが逃走しようとしたので、Bは「泥棒!」と叫んだため、AはBに発砲して、Bを死亡させた。

これに対し、Bの遺族Xは、東京都Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償の請求を求めた。

判決

公務員が私利を図る目的を持つ行為をした場合でも、外形からみて職務執行行為と言えるとき、国家賠償法1条1項の「職務を行う行為について」に該当するか?

→該当する

国家賠償法第1条の「職務執行」とは、その公務員が、その行為の意図目的はともあれ、行為の外形において、職務執行と認め得ることができるものについては、職務執行にあたる

すなわち、国家賠償法1条1項の「職務執行行為」があったというためには、公務員が、主観的に権限行使の意思をもってした職務執行行為に限定すべきではない。

したがって、国家賠償法1条は公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合にかぎらず、自己の利をはかる意図をもってする場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによって、他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめて、ひろく国民の権益を擁護することをもって、その立法の趣旨とするものと解すべきであるから、国又は公共団体は、損害賠償責任を負うべきである

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最判昭62.2.6:「公立学校教師の教育活動」と「国家賠償法」

論点

  1. 公立学校の教師の教育活動も国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に含まれるか?

事案

Y市立中学校の体育授業中、A教諭の指導のもと、プールにおいて、飛び込みの練習が行われていた。

生徒X1は、この練習中に、プールの底に頭部を激突させ、頚椎損傷の傷害を負い、常時介護が必要な状況になった。

そこで、X1と両親X2は、Y市に対して、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償の訴えを提起した。

判決

公立学校の教師の教育活動も国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に含まれるか?

→含まれる

国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解するのが相当である。

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最判昭57.4.1:「加害行為の不特定」と「国等の損害賠償責任」

論点

  1. 公務員による一連の職務上の行為によって他人に被害が生じたが、具体的な加害行為を特定できない場合、国または公共団体は損害賠償責任を免れるか?

事案

税務署職員であるXは、国家公務員法に基づく定期健康診断で、胸部エックス線の撮影を受けた。その結果について、実施担当者である税務署長から格別の指示も通知も受けなかったので、従前どおり職務に従事していたところ、翌年の定期健康診断で、結核にり患していたことが判明し、長期休養を余儀なくされた。

その後、上記エックス線の撮影フィルムを見たXは、すでに結核り患を示す影が映っていたことを知り、国Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた。

判決

公務員による一連の職務上の行為によって他人に被害が生じたが、具体的な加害行為を特定できない場合、国または公共団体は損害賠償責任を免れるか?

免れることはできない

国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生じさせた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、

右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ右の被害が生ずることはなかったであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、

国又は公共団体は、加害行為不特定の故をもって国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当である。

しかしながら、この法理が肯定されるのは、それらの一連の行為を組成する各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行為にあたる場合に限られる。

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